経済産業省が企画し、2011年に所管の産業革新機構が60億円の投資決定をし設立された官製映画会社のALL NIPPON ENTERTAINMENT WORKS(以下、ANEW)が、出資額22億円2000万円をほぼ全損する形でフューチャーベンチャーキャピタル社(以下、FVC)に3400万円売却されてから1年が経過した。
産業革新機構が売却時に発表したプレスリリースによると、2017年内に製作決定に至る見込みの作品が1本あることに加え、京都に本社を置く独立系ベンチャーキャピタルで、米国拠点を通じた事業展開も行うことができるFCVが、ANEWの今後の事業展開や成長可能性を慎重に検討した結果、ふさわしい売却先であったとしていた。
しかし、現状を見ると、産業革新機構の説明していた内容は矛盾を極めており、同時に、そもそもの公的資金投資に大きな疑問が生じている。
旧経営陣取締役へのMBO転売
現在、株式会社ALL NIPPON ENTERTAINMENT WORKSは株式会社ANEWに社名を変更し、所在地も港区虎ノ門から、千代田区紀尾井町に移転している。また2017年11月9日には資本金の額を11億円から1億円に減額する変更を行っている。
さらにFVCは、2017年5月31日株式譲渡からたった5ヶ月後の10月31日に旧ALL NIPPON ENTERTAINMENT WORKSの取締役で、売却後に代表取締役に就任していた伊藤航氏が同年9月20日に資本金100万円で設立したANEW HOLDINGS株式会社にマネージメントバイアウトを行った。
新経営体制後も赤字、累計損失は21億3000万円に
ANEWは第7期の決算公告を発表しているが、売上金286万円、純損失は3億3876万円と赤字を続けている。旧ANEWからの累計赤字17億9246万7000円と合わせると21億3322万7000円となっている。
一向に作られない「ガイキング」
旧ANEW売却直前の企画開発状況を見ると、産業革新機構がプレスリリースで説明していた年内製作決定見通しのある当該企画は「ガイキング」であると分かる。しかし、2017年に「ガイキング」がグリーンライトになった事実は見当たらない。
「ガイキング」の製作決定は旧ANEWが設立当時から言われ続け、「ガイキング」の製作決定がANEW事業の投資回収の根拠であるとされてきた。当時の経産省のメディアコンテンツ課課長の伊吹英明氏や大臣審議官中山亨氏は内閣府の知的財産戦略委員会や国会の経済産業委員かいで「経営が順調である」旨の答弁を行っている。
こういったことからも、産業革新機構は責任逃れのために最後までどうしても「ガイキングのグリーンライト」と言い続ける必要があったのではないかと疑わざるをえない。
映画化権の返還
さらに新ANEWは旧ANEWが企画開発した7本すべてを引き継ぐと発表していたが、すでに映画化権をパートナー会社に返還し、ANEWが映画化する権利を失っている作品も存在する。
返還された企画においては、ANEWに企画開発期間中に創作した脚本などの創作物の権利は残っているが、そもそもそれを映画化する権利を失っているのでその脚本を元に映画化することは出来ない。例えば、仮に1億円で開発した脚本であっても、活用できない無価値な知的財産となる。
もちろん、今後、再度IP所有者と交渉し、映画化権を取り直すことは可能ではあるが、その間に第3者が開発権を購入してしまった場合、その脚本を活用することはできなくなる。
映画化権とは一度取得したら永遠に保持できるものではない。「オプション契約」と言われる時限付き企画開発権も一般的な契約だが、これはその期間内で資金調達が行われない場合は、そのまま製作権はIP所有者に返される。
さらに、例え本契約料を満額支払い映画化権を購入しても、製作に至らず長期間の塩漬けによって将来のIP活用が妨げられないよう、IP所有者側が一定期間を過ぎたら買い戻す条項を定めるのも一般的である。
このように「映画化権を持っている」だけではさほど資産にはならない。
TIGER&BUNNYからの撤退
旧ANEWの7企画のうち、今年に入り進展を見せた企画もある。それは2015年にNYコミコンで発表された「TIGER&BUNNY」である。
今年のカンヌ映画祭で、向こう3年で10億ドル(約1100億円)を製作資金に運用できるグローバルロード社が製作に参加すると発表された。確実な製作資金を持つ会社が参加したことで、「TIGER&BUNNY」の映画化は一気に現実味が帯びたように思える。
しかし、同時にANEWは「企画開発プロデューサーとしての役割終えたと「TIGER&BUNNY」企画からの撤退を発表している。
通常、脚本やプロデューサー手数料等は製作が成立した時に「コスト」として回収できる。さらにプロデューサーはプロデューサーシェアと言って利益配当に参加でいるのが一般的である。
それにもかかわらず、この段階で開発の出資プロデューサーが「企画開発プロデューサーとしての役割を終えた」と、この企画から撤退する理解しがたい。
公的資金でANEWが行ってきた事業とは、決して「TIGER&BUNNY」のIP所有者であるバンダイナムコピクチャーズに雇われて、企画開発プロデュース、企画開発コンサルティングサービスを提供したというものではない。実際に、開発期間中にサービス対価を受け取った事実は決算公告に計上されてこなかった。
これについては、経済産業省のメディアコンテンツ課の統括官は、ANEWはIP所有者に映画化権料を支払っているとも説明している。
これらを総合すると、ANEWとは本来の株式会社としての利益追求をせずに、公的資金を使い一方的にIP所有者に利益供与するという背任的経営をしていたことになる。
さらに経産省の伊吹英明氏は「日本ではこの会社を通さないとそもそもハリウッドで仕事ができない」と、ANEWの独占的立場を語る答弁していた。仮に本来受け取るべきサービスの対価を受け取らず、日本のIP開発を集めていたのであれば独占禁止法の不当廉売に該当するように思える。そしてないより、不当廉売を公的資金でさせていたのであればより民業を圧迫しないという官民ファンド運用の観点からも極めて悪質な事業であったと言えよう。
このことからも旧ANEWという会社が、いかに映画製作の常識からかけ離れたでたらめの事業設計で公的資金を引き出し、これに利益回収の高い蓋然性があると監督官庁ぐるみで国民を欺き、自分たちには巨額ボーナスを支給するなどし、22億円もの国民財産を損失させたのかが分かる。
*2018年9月6日追記
「Tiger&Bunny」への製作参加を表明していたグローバル・ロード社が、設立から1年も持たずアメリカ連邦破産法を申請した。この直前から資金難についての報道があり、経営権が債権者である銀行に移行し、従業員の大量解雇などを行なっていた。これにより、グローバル・ロード社によって「Tiger&Bunny」が前進することは事実上消滅したといえる。
無責任経産省の開き直り「我々のチェックで損失を食い止めた」
今、経済産業省は、内閣委員会でANEWについて次のように述べているという。
「我々の監督があったから、当初の投資決定の60億円まで損失を拡大させることなく22億円の損失に食い止めることができた」
実に呆れた物言いである。
そもそも誰がこの会社を企画し、主導したのか?
そもそも誰が法律で定められた業績報告書に、代表取締役兼取締役だった産業革新機構役員を「社外取締役」であると虚偽の記載し、「本来はやってはいけない投資」(財務省談)があたかも公的ファンドガイドラインに沿った投資であるかのように経営体制を偽ったのか?
そもそも誰が職員をANEWに出向させ、「経営は順調である」旨の答弁を国会や政府会議で繰り返し、時に「この会社を応援してください」とまで答弁し、偽りの「日本再生」を正当化してきたのか?
そもそも誰がすでに将来見通しが破綻した後においても、11億円の追加投資を許し、結果的に国民財産の損失拡大を招いたのか?
そもそも誰が安全な国民財産運用の担保となる法律を捻じ曲げ、投資決定に必要と定められた大臣意見を形骸化し、実質産業革新機構との事前の口頭の談合で決済し、その他の一切の公文書は存在しないとしたのか?
行政腐敗と偽りのクールジャパン事業の検証を
上記のとおり、産業革新機構が説明した「年内製作決定の見通し」「将来の成長性」を理由にしたFVCへの売却は、その後の事実に照らし合わせても整合性がないと言えよう。
産業革新機構とは次世代産業の育成を目指して、法律に基づき設立された会社である。決して株式上場で儲けたからといい、その法律に違反し、国民に虚偽の報告し、自分たちで自分たちが経営する子会社を作り22億円で好き勝手していいというものではない。
そもそも、経産省、産業革新機構、そしてANEWが約束していたものは、単にハリウッド映画投資で儲ける、儲けないの話ではなく、お金やノウハウを広く産業に還元させることで日本のエンタテイメントを再生させるというものであった。この約束は何一つ守られていない。
監督官庁が語る「産業革新機構はジャパンディスプレイ上場で儲けているからANEWの損失は特段に問題ではない」「我々の監督によって損失を食い止めた」の言葉で、映画製作の常識的な法務、契約では考えられない22億円もの不可解な損失を招いたクールジャパンの行政腐敗を正当化してはならない。
売却から1年経っても、経産省の嘘や、産業革新機構および旧ANEW経営者たち責任が一切評価、検証されないまま何事もなかったかのように処理されたいる。
存在しない「日本再生」を語り、日本の産業で働く人を無視した偽りのクールジャパン事業、逃げ得は許してはならない。
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